Culthouse diaspora

風が辿りつかない場所

叉井是痢弥

そんなこんなで昨日はサイゼリヤで夕食を取ったのだった。初デートにサイゼリヤを選んで云々というのがネット上でバズったりしてるらしいが、あれでしょ、サイゼリヤはないって言ってるヤツもサイゼリヤで相手を試すとか言ってるヤツも、ユニクロ着てるヤツをただそれだけで見下すような鼻持ちならないスカポンタンでしょー?いずれにせよサイゼリヤには迷惑な話なので、論争を仕掛けた人間はシチリアマフィアに処刑されるといいと思う。

さて置き、昨日行った近所のサイゼリヤは少し思い出のあるサイゼリヤなのである。学生時代に就活中で福岡の大学から上京した際、当時近所に住んでいた大学の先輩に宿を借りたことがあり、その時に連れて行ってもらったのがそのサイゼリヤだったりする。

今でこそ安い飯の代名詞みたいに言われるサイゼだけど、俺が大学生だった頃に九州にサイゼリヤはまだ出店しておらず(九州への初出店は2010年)、安価でちゃんとしたイタリア料理が食べれるファミレスには素直に感動したものだったのだよ。まあ田舎者感覚でアレだが、未だに俺にとってサイゼは「東京の味」なのだ。たまに行くとそれを実感する。

先日彼女と近所の別の店にピザを食べに行った際、スッカスカなのにバカ高い値段に辟易していたこともあって、昨日のサイゼで食べたマルゲリータはより格別であった。企業努力の賜物であろう。やったぜ資本主義だ。